「ネコと終活」のきっかけは人間の終活
それまで「死」というものを、自分事として意識していなかった私にとって、「死」というものをはじめて意識したのは、34歳の時でした。
たまたま受けた人間ドックの乳がん検診で、乳がん(0期)と診断されたのです。
お恥ずかしながら、当時の私は癌というものに対する知識がほとんどなく、「癌=死」のようなイメージを持っていました。
確定診断が下るまでは、自分のステージも分からず、なぜ?が頭の中を渦巻いていたことを今でもはっきり覚えています。
初めての感じた死への恐怖。
ただ、この時に感じた死への恐怖というのが、自分でも驚きだったのですが、
死ぬことが怖いのではなく、死ぬ準備ができていないことが怖い
という怖さだったのです。
そこで、当時まだ30代だった私は自分の終活を始めることにしました。
まずは、終活とは何か?というところから。
私が終活をしていることを話すと、周りの人はみんな「え、終活?早くない?」と笑いました。
世の中の人は、終活=歳を取ってからやるもの、と思っているらしいということに、ここで初めて気づきます。
でも、気力・体力のある今のうちにやらないで、いつやるのでしょう?
死は誰にも等しく訪れます。
その死が「いつ」訪れるかは分かりません。
早い人は早いし、遅い人は遅い。
「そのとき」が来てからやっても遅いのです。
「そのとき」が来てからやっておけばよかったと後悔しても遅いのです。
きっとみんな自分の死を遠いものとして考えているのかもしれない。
でも確かに、自分も乳がんになっていなかったら、死について真剣に考えることはなかったのかもしれません。
「死」をリアルに感じた私は、まわりを気にせず粛々と自分の終活を始めることにしました。
終活というものを体系的に学ぶために、終活ガイド1級の資格も取りました。
当時の自分の終活は、あくまでも自分の老「後」や死「後」にフォーカスがあたっていました。
おひとりさまの自分が、歳をとって自活できなくなった時に、どうするか。
おひとりさまの自分が、事故や病気等で死んだ後、死後事務をどうするか。
と言ったことを中心に進めていました。
正直なところ、乳がんになった後は、再発の恐怖に怯え、ペットを飼うつもりなどありませんでした。
ですが、その思いとは裏腹に、ご縁があり2匹のネコ様をお迎えすることになります。
そして、当然の事ながら湧き上がる不安。
今、自分が突然死んだら、この子たちはどうなってしまうのだろう。
万が一、事故などで急に自分が入院しなければならなくなった時に、この子たちをどうしよう。
家族や頼る人がいれば、こういった「もしも」は気にも留めないことかもしれませんが、おひとりさまの自分にとっては死活問題です。
ここで、初めて自分の終活というものに対して、「今」にフォーカスがあたり始めます。
起こるかもわからない、将来に対する漠然とした不安感。
ネコがいくら長寿になったとて、20歳まで生きてくれたら御の字です。
どう考えても、今30代の自分の前にネコが先に逝くのは、ほぼ確定です。
多分、9割がたそうなのです。
しかし、絶対というものがない以上、「もしも」という不安はどうしたって付き纏ってきます。
普段は考えなくても、ふとした瞬間に、頭を過るのです。
そこで始めたのが、自分の終活にネコの将来のことも織り込んだ、ネコのことも一緒に考える終活でした。
これが、「ネコと終活」の最初の着想です。
万が一、自分がネコより先に旅立ったとしても、残されたネコが幸せにその一生を終えられるように。
どうやったらそれを叶えられるだろう。
自分とネコにとって「幸せ」とは何か?
どういう状態が理想なのだろう?
全ての始まりは、ここからでした。